膵臓がん National Advocacy Day
欧州医薬品庁(EMA)は、転移性膵臓がん治療薬「ダラクソンラシブ」の承認
2026年10月15日
欧州医薬品庁の科学委員会(Committee for Medicinal Products for Human Use :CHMP)は、過去に少なくとも1回の治療を受けた転移性膵腺癌(転移した膵臓がん)の成人患者を対象とした経口治療薬「ダラクソンラシブ(daraxonrasib)」について、欧州連合(EU)における販売承認を推奨した。
先行治療後に病状が悪化した転移性膵腺癌の患者は、治療選択肢が限られており、予後も不良である。この疾患の重症性に加え、標準治療である化学療法の有効性が限定的で、かつ著しい毒性を伴うことを踏まえると、こうした患者に対するより優れた治療選択肢が求められている。
EMAのこの勧告は、ダラクソンラシブ(商品名:Rasonque)に関するデータの段階的審査を受けたものです。ダラクソンラシブは、EMAの「Cancer Medicines Pathfinder」プロジェクトにおいて、この未充足医療ニーズに対応し得る優先度の高い医薬品として特定されていました。
この段階的審査により、CHMPは完全な申請書の提出予定日より数ヶ月前に評価を開始することができました。2026年7月上旬に開始された審査において、CHMPは企業から提出されたデータ(品質、非臨床および臨床データ)を段階的に評価しました。このアプローチにより、品質、安全性、有効性に関する基準を維持しつつ、評価期間を150日未満に短縮することができました。これに対し、標準的な評価には最大210営業日を要し、企業が質問への回答を行う期間を含めると、通常は全体で約1年を要します。
ダラクソンラシブの段階的審査から得られた知見は、EUの新しい医薬品法に基づく段階的審査の実施および活用の強化に役立てられる。この文脈において、段階的審査は、医薬品の評価をより機動的かつ効率的に行うための手段として位置づけられており、最終的には患者が有望な治療法に早期にアクセスできるようになることが期待される。
この新薬に含まれる有効成分であるダラクソンラシブ(daraxonrasib)は、RAS阻害剤である。RASタンパク質は、細胞の増殖と生存に関与している。膵臓腺癌において、RAS遺伝子の変異によりこれらのタンパク質が恒常的に活性化され、がん細胞の制御不能な増殖を引き起こす。ダラクソンラシブは、シクロフィリンAと呼ばれるタンパク質に結合して複合体を形成し、その複合体がRASタンパク質に結合することでその活性を阻害する。これにより、がん細胞を死滅させ、がんの増殖を遅らせる。
ダラクソンラシブは、以前の全身療法後に病状が悪化した転移性膵臓腺癌患者500名を対象とした、非盲検の第3相多国籍試験で検討された。これらの患者のうち92%で、RAS G12変異が確認されており、これにはこの疾患に関連する最も一般的なRAS変異が含まれている。ラソンクによる治療を受けた患者の生存期間中央値は12.4ヶ月であったのに対し、化学療法を受けた患者では6.7ヶ月であった。さらに、疾患の進行が見られない期間(無増悪生存期間)の中央値は、ダラクソンラシブ群で7.2ヶ月、化学療法群で3.6ヶ月であった(データのカットオフ日については注3を参照)。この新薬で報告された最も一般的な副作用は、下痢、発疹、口内炎(口腔粘膜の炎症)、悪心、および嘔吐であった。
CHMPが採択したこの意見は、ダラクソンラシブが患者に提供されるまでの過程における中間段階である。この意見は今後、欧州委員会に送付され、同委員会はラソンクに関するEU全域での販売承認に関する決定を迅速に進めることになる。販売承認が下りた後、価格および保険償還に関する決定は、各加盟国において、その国の国民保健制度における本医薬品の潜在的な役割や使用状況を考慮した上で行われる。
今後、EMAはCHMPと合意の上、段階的審査が実施可能であり、かつ審査の迅速化が見込まれる場合、開発中のその他の医薬品についても段階的審査の対象として検討する予定である。これは、当該医薬品が未充足の医療ニーズに対応する可能性があり、特に治療上の革新という観点から公衆衛生の観点で大きな関心を集めると予想されるかどうかに基づき、ケースバイケースで決定される。
注記
・Rasonque(ダラクソンラシブ)の申請者はRevolution Medicinesである。すでに米国と欧州において承認された薬剤である。日本ではRevolutions Medicine社により承認申請の準備中である。
・ダラクソンラシブは、2026年4月20日に膵臓がんの治療薬として希少疾病用医薬品に指定された。
全生存期間の解析は2026年6月15日までに収集されたデータに基づき、無増悪生存期間の解析は2026年2月10日までに収集されたデータに基づいて行われた。
・ラクソンラシブは、EU医療技術評価規則の適用対象となる。共同臨床評価は、EMAによる販売承認申請の審査とは独立して行われ、欧州委員会内のHTA事務局が調整を担当している。
2026年7月22日、米国のバイオ医薬品企業Revolution Medicines社は、既治療の転移性膵管腺がん(PDAC)を対象とした新しい分子標的治療薬Daraxonrasib(ダラキソンラシブ、開発番号:RMC-6236)について、米国食品医薬品局(FDA)が新薬承認申請(NDA)を受理し、本格的な審査を開始したと発表しました。
これは、膵臓がん患者さんにとって非常に重要なニュースです。Daraxonrasibは、膵臓がんの原因となるRASシグナルを直接標的とする新しいタイプの治療薬であり、現在世界で最も期待されている膵臓がん治療薬の一つです。
膵臓がんの約90%では、KRAS遺伝子に変異が見つかります。KRASは細胞の増殖を調節する重要な遺伝子ですが、変異が起こると細胞に「増え続けなさい」という指令を出し続け、がんが進行します。しかし、このKRASは長年「創薬不可能(Undruggable)」と呼ばれ、有効な治療薬を開発することが極めて難しい標的とされてきました。
近年になってようやくKRASを標的とした薬剤が開発され始めましたが、多くは特定のKRAS変異(G12C)だけを対象としていました。一方、DaraxonrasibはRAS(ON)マルチセレクティブ阻害薬と呼ばれ、膵臓がんで多く見られるKRAS G12D、G12V、G12Rなど幅広いRAS変異を標的とできるよう設計されています。
今回の承認申請は、国際共同第III相試験「RASolute 302」の結果に基づいています。この試験では、すでに治療を受けた転移性膵臓がん患者さんを対象にDaraxonrasibと標準化学療法を比較しました。
その結果、Daraxonrasibは主要評価項目をすべて達成し、全生存期間(Overall Survival:OS)の延長と無増悪生存期間(Progression-Free Survival:PFS)の延長という極めて重要な成果が得られました。
さらに、患者さんから報告された評価(Patient-Reported Outcomes)では、がんによる痛みの悪化を遅らせ、健康状態(Global Health Status)の低下を抑え、さらに生活の質(Quality of Life:QOL)の悪化を遅らせたことも示されています。これは、単に長く生きるだけでなく、「より良い生活を維持しながら治療を続けられる可能性」を示す重要な結果です。
Daraxonrasibは、FDAからすでにBreakthrough Therapy Designation(画期的治療薬指定)と Orphan Drug Designation(希少疾病用医薬品指定)を受けています。
さらに今回は、FDAのNational Priority Voucher Programにも選定されました。この制度は、国民の健康に大きく貢献すると期待される新薬について、審査を迅速に進めるための特別な制度です。
欧州でも、欧州医薬品庁(EMA)が段階的審査(Phased Review)を開始しており、世界各国で実用化へ向けた手続きが進んでいます。
今回の発表は、米国での承認審査が始まったことを意味します。承認されたわけではありませんが、実用化へ向けて大きな前進であることは間違いありません。一方、日本では今後、国内での承認申請や審査、保険適用に向けた手続きが必要となります。膵臓がんは進行が速いがんであるため、新しい治療薬が海外で承認されても日本で利用できるまでに時間がかかる「ドラッグラグ」や、日本で開発・承認そのものが行われない「ドラッグロス」が課題となっています。この革新的な医薬品に関しては、日本の先駆的新薬申請制度(6か月の審査期間)を利用できますが、米国申請時(7月22日)から3か月以内に申請しなければなりません。
Daraxonrasibは、膵臓がん治療の歴史を大きく変える可能性を秘めた新しい分子標的薬です。第III相試験で全生存期間と無増悪生存期間の改善が示されたことは、膵臓がん領域における大きな前進と言えるでしょう。しかし、世界で新しい治療法が実用化されても、日本の患者さんが速やかにその恩恵を受けられなければ、本当の意味での医療の進歩とは言えません。
PanCAN Japanは、「早期発見」「革新的な新薬への迅速なアクセス」を2つの柱として活動しています。Daraxonrasibをはじめとする革新的な治療薬が、一日でも早く日本の膵臓がん患者さんに届けられるよう、今後もドラッグラグ・ドラッグロス問題の解消に向けた提言活動を続けてまいります。今回のニュースは、膵臓がん治療が新しい時代へ向かって着実に進んでいることを示す、希望に満ちた一歩と言えます。
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Resource: https://ir.revmed.com/node/13261/pdf
Resource:
海外ニュース:Pan-KRAS阻害薬が切り拓くKRAS変異がん治療の新時代
~ Broad-spectrum治療と耐性克服への挑戦 ~
◆「創薬不可能」と呼ばれたKRASが、なぜ今大きく変わろうとしているのか
膵臓がんの研究に携わる医師や研究者が、「KRAS」という遺伝子の名前を口にしない日はないと言っても過言ではありません。それほどまでにKRASは膵臓がんの発症と進行に深く関わる重要な遺伝子です。
KRASは、細胞の増殖や分裂を調節する「スイッチ」のような役割を担っています。正常な細胞では、必要なときだけスイッチが入り、役目を終えると再び切れます。しかしKRASに変異が生じると、このスイッチが入りっぱなしになり、細胞は増殖を止めることができなくなります。その結果、がん細胞が増え続け、腫瘍が形成されます。
KRAS変異は多くのがんで認められますが、特に膵臓がんでは約90%以上の患者さんに存在するとされ、まさに膵臓がんを特徴づける分子異常と言えます。大腸がんでは約40%、肺腺がんでは約30%に認められますが、膵臓がんほど高頻度にKRAS変異が見られるがんは多くありません。
ところが、この重要なKRASは長年にわたり「創薬不可能(Undruggable)」と呼ばれてきました。
その理由は、KRASタンパク質の表面が非常に滑らかで、薬剤が結合できる「ポケット」がほとんど存在しなかったためです。分子標的薬は通常、タンパク質の特定のくぼみに結合して働きを止めますが、KRASにはそのような結合部位が見つからず、世界中の製薬企業が挑戦しては断念する状況が続いていました。
しかし2013年頃から状況が大きく変わります。KRASタンパク質を詳しく解析した結果、「Switch II Pocket(SII-P)」と呼ばれる小さな結合部位が発見されました。この発見をきっかけに、KRASを標的とする薬剤開発が一気に加速し、ついに2021年、世界初のKRAS阻害薬であるソトラシブ(Sotorasib)が米国FDAで承認されました。続いてアダグラシブ(Adagrasib)も承認され、「KRASは創薬不可能」という長年の常識は覆されたのです。
これは分子標的治療の歴史における大きな転換点でした。しかし、実際に臨床で使用されるようになると、新たな課題も明らかになってきました。
◆KRAS G12C阻害薬が切り開いた時代と、その限界
ソトラシブやアダグラシブは、「KRAS G12C」という特定の変異だけを標的とする薬剤です。G12Cとは、KRAS遺伝子の12番目のアミノ酸がグリシン(Glycine)からシステイン(Cysteine)へ置き換わった変異を意味します。
この変異は非小細胞肺がんでは比較的多く認められるため、G12C阻害薬は肺がん治療に新たな選択肢をもたらしました。しかし、膵臓がんでは事情が異なります。
膵臓がんで最も多いKRAS変異はG12Dであり、次いでG12V、G12Rなどが続きます。一方、G12C変異はわずか1〜2%程度しか存在しません。つまり、画期的なG12C阻害薬が登場しても、その恩恵を受けられる膵臓がん患者さんはごく一部に限られてしまうのです。
さらに、もう一つ大きな問題があります。それは**薬剤耐性**です。
KRASは細胞内で「ON」と「OFF」の状態を絶えず切り替えています。GTPという分子が結合しているときは「ON」、GDPが結合しているときは「OFF」となります。従来のG12C阻害薬は、このうち「OFF状態」のKRASにしか結合できません。
そのため、治療を続けているうちに、がん細胞はKRASをON状態に保つようになったり、別のシグナル伝達経路を活性化したりして、薬の効果を回避するようになります。実際には、EGFRやSHP2などの分子を利用したバイパス経路の活性化や、新たなKRAS変異の獲得など、さまざまな耐性機構が報告されています。
つまり、現在のKRAS阻害薬は「特定の変異だけ」を標的とし、「OFF状態でしか作用しない」という二つの制約を抱えているのです。
この問題を克服するためには、より幅広いKRAS変異に対応し、しかも耐性が生じにくい新しい治療戦略が必要になります。その答えとして登場したのが、「Pan-KRAS阻害薬」という新しい概念です。
◆Pan-KRAS阻害薬という新しい考え方
Pan-KRAS阻害薬は、従来のように一つの変異だけを狙うのではなく、多くのKRAS変異に共通する構造を標的にすることで、幅広い患者さんを治療対象にしようとする新しい分子標的薬です。
「Pan」とは「すべて」「全体」を意味する言葉です。Pan-KRAS阻害薬は、G12D、G12V、G12R、G13D、Q61Hなど、複数のKRAS変異に対して同時に作用することを目指しています。そのため、「Broad-spectrum(広域スペクトラム)」のKRAS阻害薬とも呼ばれています。
これは膵臓がんにとって極めて重要な意味を持ちます。膵臓がんでは患者さんごとにKRAS変異の種類が異なり、これまではそれぞれの変異に対応した薬剤を個別に開発する必要がありました。しかしPan-KRAS阻害薬が実用化されれば、多くの患者さんを一つの薬剤で治療できる可能性が生まれます。
さらに、Pan-KRAS阻害薬は耐性克服という点でも期待されています。変異ごとの違いではなく、KRASタンパク質に共通する構造を標的とするため、新たな変異が生じても薬剤の効果が維持される可能性があるからです。
近年では、ベーリンガーインゲルハイム社が開発したBI-2865や、その改良型であるBI-2493が前臨床試験で有望な結果を示しています。また、ON状態とOFF状態の両方に結合できる「Dual-state阻害薬」や、KRASタンパク質そのものを分解してしまう「Pan-KRAS degrader」といった次世代技術も急速に開発が進んでいます。
これらの新しい薬剤は、単にKRASの働きを抑えるだけでなく、薬剤耐性の克服や免疫療法との併用による相乗効果も期待されています。研究者の間では、「KRAS変異がん治療は、変異特異的阻害薬の時代からPan-KRAS阻害薬の時代へ移行しつつある」との見方も広がっています。
膵臓がん患者さんにとって、この流れはこれまで経験したことのない大きな希望です。これまで治療の選択肢が限られていたKRAS変異がんに対し、多くの患者さんが対象となる新しい治療法が現実味を帯びてきたからです。そして、このPan-KRAS阻害薬の進歩をさらに加速させているのが、「Dual-state阻害薬」という革新的な技術です。次章では、その代表的な薬剤であるBI-2865、BI-2493、MCB-294、AMG 410について、それぞれの特徴と最新の研究成果を詳しく見ていきます。
◆BI-2865・BI-2493が示した新しい可能性
Pan-KRAS阻害薬という概念を現実のものへと大きく前進させたのが、ドイツのベーリンガーインゲルハイム社が開発した BI-2865です。この薬剤が注目を集めた理由は、それまでのKRAS阻害薬とは全く異なる発想で設計された点にあります。
従来のG12C阻害薬は、「G12C」という一種類の変異だけを標的としていました。一方、BI-2865は、KRASタンパク質に共通する構造へ結合することで、G12D、G12V、G12R、G13Dなど複数の変異型KRASに対して作用することができる初めての低分子化合物として報告されました。
前臨床試験では、さまざまなKRAS変異を持つがん細胞の増殖を抑制し、マウスの腫瘍モデルでも優れた抗腫瘍効果が確認されています。特に膵臓がん細胞株では高い活性が示され、「KRAS変異の種類を超えて治療できる可能性」を初めて具体的に示した薬剤として大きな注目を浴びました。
もっとも、BI-2865にも課題がありました。薬物動態や体内での安定性、経口投与後の利用効率など、臨床応用に向けて改善すべき点が残されていたのです。
そこで開発された改良型が BI-2493 です。
BI-2493は、BI-2865の基本構造を維持しながら、体内での安定性や薬剤曝露量を改善するよう設計されました。その結果、より長時間KRASを阻害できる可能性が示され、前臨床試験ではより強力で持続的な腫瘍抑制効果が報告されています。
さらに興味深いのは、BI-2493が単独で使用されるだけでなく、他の分子標的薬との併用療法にも適していると考えられている点です。KRASを阻害すると、がん細胞は別のシグナル経路を利用して生き残ろうとします。そこでEGFR阻害薬やSHP2阻害薬、SOS1阻害薬などを組み合わせることで、逃げ道を同時に塞ぎ、耐性の発現を抑える戦略が期待されています。
このように、BI-2865とBI-2493は「Pan-KRAS阻害」という概念を証明しただけでなく、「併用療法を前提とした次世代創薬」という方向性も示した重要な薬剤と言えるでしょう。
◆Dual-state阻害薬という次世代戦略
KRAS阻害薬の開発において、研究者が長年直面してきた課題の一つが、「KRASは常に同じ状態では存在していない」という点でした。
KRASは細胞内でGTPを結合した「ON状態」と、GDPを結合した「OFF状態」を繰り返しています。この切り替えによって細胞の増殖シグナルが精密に制御されていますが、がん細胞ではKRASがON状態に偏り、増殖シグナルが持続的に送り続けられます。
従来のG12C阻害薬はOFF状態にしか結合できませんでした。そのため、治療中にKRASがON状態へ移行すると、薬剤は十分に作用できなくなり、耐性の一因となっていました。
そこで登場したのが、「Dual-state阻害薬」という新しい考え方です。
Dual-state阻害薬は、その名の通り、ON状態とOFF状態の両方のKRASに作用できるよう設計されています。理論的には、KRASがどちらの状態にあっても活性を抑えられるため、従来より強力で持続的な抗腫瘍効果が期待されます。
論文では、このアプローチがPan-KRAS阻害薬と並ぶ重要な技術革新として紹介されています。
特に膵臓がんでは、KRASの活性化が極めて強く、腫瘍細胞の多くがON状態を維持しています。そのためDual-state阻害薬は、膵臓がんとの相性が非常に良い可能性があります。
さらに、この技術には耐性克服という大きな利点もあります。がん細胞は薬剤から逃れるためにKRASの状態を変化させることがありますが、Dual-state阻害薬ではその逃げ道が狭くなるため、耐性が生じにくくなることが期待されています。
もちろん、現在はまだ研究開発の段階であり、安全性や有効性については今後の臨床試験で確認する必要があります。しかし、「KRASの状態そのものを問わず阻害する」という発想は、これまでの分子標的治療の常識を大きく変える可能性を秘めています。
◆MCB-294とAMG 410が示す未来
Pan-KRAS阻害薬の開発競争は、現在、世界中の製薬企業やバイオベンチャーによって急速に進められています。その中でも近年特に注目を集めているのが、MCB-294 と AMG 410 です。
MCB-294は、複数のKRAS変異に対して幅広く作用するよう設計された次世代Pan-KRAS阻害薬です。前臨床試験では、膵臓がん、大腸がん、肺がんなど、異なるKRAS変異を有する腫瘍モデルにおいて抗腫瘍効果が確認されており、「一つの薬剤で多様なKRAS変異に対応する」というPan-KRASの理念を体現する候補薬の一つと位置づけられています。
一方、AMG 410は、KRAS創薬の先駆者であるアムジェン社が開発を進めるPan-KRAS阻害薬です。ソトラシブの開発で培われた知見を基盤として設計されており、KRAS変異全体を視野に入れた治療を目指しています。
論文では、これらの薬剤が従来薬よりも広い適応を持つ可能性に加え、他の抗がん剤や分子標的薬との併用にも適していることが期待されています。KRASを抑えるだけではなく、EGFR、SHP2、MEK、さらには免疫チェックポイント阻害薬などと組み合わせることで、より強力な抗腫瘍効果が得られる可能性が検討されています。
また、膵臓がんは線維化が強く、薬剤が腫瘍内部へ到達しにくいという特徴があります。そのため、単にKRASを阻害するだけでなく、腫瘍微小環境を改善する治療や免疫療法との組み合わせが重要になると考えられています。Pan-KRAS阻害薬は、そのような複合治療の「中核」として位置づけられる可能性があります。
一方で、現時点では慎重な見方も必要です。MCB-294やAMG 410はいずれも開発段階にあり、その有効性や安全性は今後の臨床試験によって評価されます。前臨床試験で優れた結果が得られても、実際の患者さんで同様の成果が得られるとは限りません。また、長期間使用した際の耐性や副作用についても、これから明らかにされる課題です。
それでも、複数の企業が異なるアプローチでPan-KRAS阻害薬を開発していること自体が、この分野の進展の速さを物語っています。KRASはかつて「創薬不可能」とまで言われた標的でしたが、現在では変異特異的阻害薬、Pan-KRAS阻害薬、Dual-state阻害薬、さらにはKRAS分解誘導薬(degrader)まで、多彩な戦略が並行して開発されています。
このような急速な技術革新は、膵臓がんをはじめとするKRAS変異がん患者さんに、新たな治療選択肢が現実のものとなりつつあることを示しています。
◆Pan-KRAS degraderという第三のアプローチ
これまで紹介してきたPan-KRAS阻害薬やDual-state阻害薬は、いずれもKRASタンパク質の働きを「抑える」ことを目的としています。しかし近年、創薬の世界ではさらに新しい発想が生まれています。それが「KRAS degrader(KRAS分解誘導薬)」です。
Degraderとは、標的タンパク質を阻害するのではなく、細胞内のタンパク質分解システムを利用して、そのタンパク質自体を分解・除去してしまう薬剤です。この考え方は、近年急速に発展しているPROTAC(Proteolysis Targeting Chimera)などの技術によって実現可能となりました。
KRASに応用した場合、薬剤はKRASタンパク質と細胞内のユビキチン–プロテアソーム系を橋渡しし、KRASを不要なタンパク質として認識させます。その結果、KRASそのものが分解され、細胞内から消失します。
この方法には大きな利点があります。
第一に、KRASの活性状態に左右されにくいことです。従来の阻害薬ではON状態やOFF状態が治療効果に影響しましたが、degraderではKRASそのものを除去するため、その制約を受けにくい可能性があります。
第二に、耐性克服への期待です。KRASを部分的に抑制するだけでは、がん細胞が別の経路を利用して生き残ることがあります。しかしKRAS自体が細胞から取り除かれれば、耐性の発生を抑えられる可能性があります。
もちろん、この技術はまだ研究段階であり、分解効率や正常組織への影響、薬剤送達など解決すべき課題も少なくありません。しかし、阻害薬とは異なる作用機序を持つため、今後は阻害薬とdegraderを適切に使い分けたり、組み合わせたりする時代が訪れる可能性があります。
論文では、このdegrader戦略を「Pan-KRAS創薬における第三の柱」と位置付けています。創薬不可能と考えられていたKRASに対し、「阻害する」「ON・OFF両状態を狙う」「分解する」という複数のアプローチが同時に進んでいることは、この分野の進歩の速さを象徴しています。
◆Pan-KRAS阻害薬は膵臓がん治療をどう変えるのか
Pan-KRAS阻害薬が実用化された場合、最も大きな恩恵を受ける可能性があるのは、やはり膵臓がん患者さんです。
膵臓がんでは約90%以上にKRAS変異が存在します。その内訳はG12Dが約40%、G12Vが約30%、G12Rが約15%前後を占め、G12C変異はごく少数です。そのため、これまでの変異特異的阻害薬では、多くの患者さんが治療対象になりませんでした。
Pan-KRAS阻害薬は、この状況を大きく変える可能性があります。変異の種類にかかわらず作用する薬剤が実用化されれば、膵臓がん患者さんの大多数が分子標的治療の対象となる可能性があるからです。
もちろん、Pan-KRAS阻害薬だけで膵臓がんを克服できるわけではありません。
膵臓がんは線維化が強く、薬剤が腫瘍内部へ届きにくいという特徴があります。また、免疫細胞が腫瘍内へ入り込みにくい「免疫抑制性腫瘍微小環境」も形成されています。このため、KRASを抑えるだけでは十分な効果が得られない可能性もあります。
そこで期待されているのが、併用療法です。
Pan-KRAS阻害薬を化学療法、EGFR阻害薬、SHP2阻害薬、MEK阻害薬、あるいは免疫チェックポイント阻害薬と組み合わせることで、より高い治療効果が期待されています。現在、多くの臨床試験では、このような併用戦略が積極的に検討されています。
さらに、将来的には患者さんごとのKRAS変異や腫瘍の特徴に応じて、変異特異的阻害薬、Pan-KRAS阻害薬、Dual-state阻害薬、degraderを使い分ける「精密医療(Precision Medicine)」が進展する可能性もあります。
この点で注目されるのが、現在臨床開発が進む**daraxonrasib(RMC-6236)**です。RMC-6236は「RAS(ON)阻害薬」と呼ばれ、活性化したRASタンパク質を標的とする新しい機序を持っています。Pan-KRAS阻害薬とは作用機序が異なるものの、多様なKRAS変異を持つ患者さんを対象とできる可能性があり、膵臓がん領域で特に期待されています。
また、MRTX1133はG12D変異を高選択的に阻害する薬剤として開発が進んでいます。膵臓がんで最も多い変異を標的とする点で重要な候補ですが、適応はG12D変異に限られます。
このように今後は、「特定の変異を強力に狙う薬」と「幅広い変異に対応するPan-KRAS薬」が互いに競合するのではなく、それぞれの特徴を生かして使い分けられる時代になると考えられます。
◆パンキャンジャパンから見たPan-KRAS阻害薬の意義
KRASは長年、「創薬不可能」と呼ばれてきました。しかし現在では、その常識は大きく覆されつつあります。
最初はKRAS G12C阻害薬が誕生し、続いてG12D阻害薬の開発が進み、さらにPan-KRAS阻害薬、Dual-state阻害薬、RAS(ON)阻害薬、そしてKRAS degraderへと研究は急速に発展しています。
これは、KRAS創薬が「一つの変異を狙う時代」から、「KRAS全体を制御する時代」へ移行しつつあることを意味しています。
膵臓がん患者さんにとって、この変化は極めて重要です。
これまで膵臓がんでは、KRAS変異が存在することは分かっていても、それを直接標的とする治療法はほとんどありませんでした。多くの患者さんは化学療法に頼らざるを得ず、分子標的治療の恩恵を十分に受けることができませんでした。
しかし、Pan-KRAS阻害薬が実用化されれば、多くの患者さんに新たな治療の選択肢が提供される可能性があります。それは単に新しい薬が一つ増えるということではなく、「KRAS変異を持つ膵臓がんに対する治療戦略そのものが変わる」ことを意味しています。
一方で、パンキャンジャパンとして強く意識しなければならない課題があります。それは、日本におけるドラッグラグとドラッグロスです。
世界で革新的な治療薬が開発されても、日本での治験開始や承認が遅れれば、その恩恵を日本の患者さんが受けるまでに何年もの時間がかかります。膵臓がんは進行が速く、予後が厳しい疾患です。新薬へのアクセスが数年遅れることは、多くの患者さんにとって治療機会そのものを失うことにつながりかねません。
そのため、日本でも国際共同治験への積極的な参加、迅速な治験開始、審査・承認体制のさらなる改善が求められます。革新的な薬剤を一日でも早く患者さんへ届けることは、研究者や製薬企業だけでなく、行政、医療機関、患者団体が共通して取り組むべき課題です。
Pan-KRAS阻害薬は、まだ開発途上の技術です。しかし、その進歩はこれまで「治療標的がない」と考えられていたKRAS変異がんに、新しい希望をもたらしています。
膵臓がん領域では、早期発見、革新的な新薬、そして迅速なアクセスの三つがそろって初めて、多くの患者さんの命を救うことができます。パンキャンジャパンは今後も、患者さんの声を社会へ届けるとともに、革新的な治療薬が日本でも速やかに利用できる環境づくりに取り組んでいきたいと考えています。
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Resources: https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12980034/
海外ニュース:ダラクソンラシブ臨床試験の最終結果は前例のないものとなった
デビッド・カシャタス 著者
(米国国立がん研究所/バージニア大学がんセンター)
レボリューション・メディシンス社がRASolute 302臨床試験の最終データを発表した後、当然のことながらスタンディングオベーションが巻き起こった。
この報告は、5月29日から6月2日までシカゴで開催された2026年ASCO年次総会における目玉イベントの一つであった。この臨床試験では、転移性膵がんに対する第2ライン治療として、KRAS阻害剤「ダラクソンラシブ」が検証された。ダラクソンラシブは、膵がんの90%以上を促進する原因となっている変異型KRASタンパク質を標的として成功した初の薬剤である。KRASはこれまで「薬物標的化が不可能」と見なされていた。
◆ASCO会場は大歓声に包まれた
ダラクソンラシブは、「ゲームチェンジャー」や「グランドスラム」、さらには転移性疾患患者の予後を大幅に改善する「診療実践を変える画期的な進歩」と称されている。ブライアン・ウォルピン医学博士(公衆衛生学修士)が、この研究結果を発表した。(ダナ・ファーバーがん研究所内ヘイル・ファミリー膵臓がん研究センター所長、「Let’s Win」科学諮問委員会メンバー)
この薬剤は根治的な治療法ではないものの、1日1回の経口投与により、既治療の転移性膵がん患者において、治験責任医師が選択した化学療法と比較して、全生存期間、無増悪生存期間、客観的奏効率、および患者が報告する生活の質(QOL)において、統計学的に有意かつ臨床的に意義のある改善が認められた。発表された第III相試験の結果によると、これらの改善はRAS変異の有無にかかわらず認められており、この結果はニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌(NEJM)にも同時に掲載された。
ウォルピン氏は、ダラクソンラシブが既治療の転移性膵臓がんに対する「新たな標準治療」となるべきだと考えている。また、転移性患者に対する第一選択治療として同薬を検証する臨床試験が現在進行中であることも指摘した。
◆研究成果の詳細
実際、RASolute 302試験の最終結果は注目に値する。その主なポイントは以下の通りである。
RAS G12変異を有する228名の患者を対象とした二重主要解析集団において、ダラクソンラシブは化学療法と比較して死亡リスクを60%低減させた。追跡期間中央値8.5ヶ月時点で、ダラクソンラシブ群の全生存期間(OS)中央値は13.2ヶ月であったのに対し、標準化学療法群では6.6ヶ月であった。
12ヶ月時点の全生存率は、ダラクソンラシブ群で53.3%、化学療法群で18.7%であった。
無増悪生存期間(PFS)の中央値は、ダラクソンラシブ群で7.3ヶ月、化学療法群で3.5ヶ月であった。
6ヶ月無増悪生存率は、ダラクソンラシブ群で58.7%、化学療法群で31.7%であった。
全奏効率は、ダラクソンラシブ群で33.2%、化学療法群で11.8%であった。
比較的まれなRAS変異を有する患者およびRAS変異が確認されなかった患者においても、同様の結果が得られた。これら248名の患者において、ダラクソンラシブ群の全生存期間の中央値は13.2ヶ月であったのに対し、化学療法群では6.7ヶ月であった。6ヶ月時点の無増悪生存率は、ダラクソンラシブ群で56.0%、化学療法群で32.9%であった。
すべての薬剤と同様に、ダラクソンラシブにも潜在的な副作用がある。本研究によると、ダラクソンラシブを投与された全患者および化学療法を受けた患者の97.7%に、治療に関連する副作用が認められた。ダラクソンラシブ投与群において、用量減量につながった最も一般的な副作用は、発疹、口腔内の腫れおよび潰瘍であった。標準的な化学療法を受けた群では、免疫機能の低下、血小板数の減少、疲労、下痢、末梢神経障害などの副作用が、用量減量の最も一般的な理由であった。
しかし、忍容性の点では、ダラクソンラシブが標準的な化学療法を上回った。投与量減量につながる副作用はダラクソンラシブ群でははるかに少なく、患者の36.1%に発生したのに対し、化学療法群では57.5%であった。最も重篤な副作用は、ダラクソンラシブ投与群の10.8%に発生したのに対し、化学療法群では18.7%であった。
生活の質(QOL)は患者にとって重要な課題であり、ダラクソンラシブは化学療法に比べて明らかな優位性を示しました。ダラクソンラシブを服用した患者では、痛みが著しく増悪するまでの期間の中央値は9.2ヶ月でしたが、化学療法群では3.8ヶ月でした。また、全体的に良好な生活の質が維持された期間は2倍となり、ダラクソンラシブ群では5.7ヶ月、化学療法群では2.6ヶ月でした。
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Source: Let's Win Research by Lustgarten Foundation