特集:遺伝性腫瘍と膵臓がん
膵臓がんは日本でがんによる死因の上位を占める難治性がんであり、早期発見が極めて困難なことが予後不良の大きな要因となっています。そのなかでも注目されているのが、「遺伝性腫瘍」としての膵臓がんの存在です。すなわち、家族に膵臓がんの患者が複数いる場合、遺伝的な素因が関係している可能性があるのです。
遺伝性腫瘍とは、親から子へ受け継がれる遺伝子の異常によって、特定のがんが発生しやすくなる状態を指します。一般のがん患者の大半は環境要因や偶発的な遺伝子変異によって発症しますが、遺伝性腫瘍では、生まれつきがんの原因となる遺伝子の変異を持っているため、若年で発症したり、複数のがんを発症することが特徴です。
膵臓がんにおいても約5〜10%が「家族性膵がん(Familial Pancreatic Cancer, FPC)」であるとされており、複数の近親者(親、兄弟姉妹、子どもなど)が膵がんを発症している場合には、家族性膵がんを疑うべきとされています。また、BRCA1、BRCA2、PALB2、ATM、CDKN2Aなど、他のがんと関連する遺伝子変異が膵臓がんのリスク因子として関与していることも近年の研究で明らかになってきました。特にBRCA2変異は、乳がん・卵巣がんの家族歴とともに膵がんにも関与することが知られています。
遺伝性膵がんの診断やリスク評価には、遺伝カウンセリングと遺伝子検査が有用です。特定の遺伝子変異が見つかれば、発症前からの定期的な画像検査(MRIや内視鏡超音波など)によって、早期にがんを見つけることができる可能性が高まります。米国では、家族性膵がん登録制度(NFPTR)が運用され、膵がん家系に対してスクリーニングと研究が進められています。日本でも同様のレジストリ(家族性膵癌登録制度)がスタートし、対象となる家族に対して注意深い観察と予防的介入が試みられています。
治療面でも、遺伝子変異の有無は治療方針に影響を及ぼします。たとえば、BRCA1/2変異がある場合、PARP阻害剤などの分子標的薬が有効であることが報告されており、個別化医療(プレシジョン・メディシン)の観点からも遺伝子情報は重要な指標となります。
遺伝性膵がんの啓発はまだ十分とはいえず、医療従事者だけでなく患者や家族に対しても、情報提供と理解促進が求められます。リスクが高いと考えられる家族に対して、適切なタイミングでの遺伝カウンセリングの案内、スクリーニング体制の整備、そして新たな治療法へのアクセス向上は、今後の課題であるといえます。
モニタリング(経過観察)と早期発見
特定の遺伝的変異を有する人や膵がん家族歴のある人を定期的にモニタリングすることは、がんを早期段階で発見するのに役立つでしょうか?
膵がんは、膵臓の外に広がってしまう前に発見されると、より効果的に治療できる可能性があります。国立がん研究センター中央病院で進められているダイアモンド臨床試験では、膵がんの発症リスクが高い人を対象に定期的な検査を実施し、がんが早期段階で発見され、治療可能な段階で発見されるかどうかを検証します。
■この早期発見臨床試験の対象となる条件
研究によると、特定の遺伝的変異を有する人は、一般人口の5倍以上高いリスクで70歳までに膵がんを発症する可能性があります。これにはBRCA1/2変異、遺伝性膵炎に関連する変異、家族性非典型多発母斑メラノーマ(FAMMM)、ピーツ・ジェガー症候群、および遺伝性非ポリポーシス大腸がん(HNPCC、リンチ症候群とも呼ばれる)が含まれます。また、既知の変異を保有していないにもかかわらず、膵がん家族歴のある家族も対象となります。(詳細な情報は、記事「遺伝学的検査の基礎知識」をご参照ください。)
この試験に参加するには、上記の変異を保有する方、または膵がん家族歴が著しい健康な方が対象となります。
■モニタリング手法
参加者は、6~12ヶ月ごとにMRIまたは内視鏡超音波検査を受けます。これらの検査は最大5年間定期的に実施されます。研究者は、前がん状態や膵がんの存在を示す変化を検出することを目的としています。
ご自身に適切な臨床試験について、医師にご相談されることをお勧めします。
日本で進められているダイアモンド試験に関しては、ウェブサイト「jRCT」にて検索ができます。米国で進められている関連した臨床試験に関しては、ウェブサイト「ClinicalTrials.gov」において詳細情報が提供されています。すべての進行中の膵がん臨床試験のリストは、Let's Win Trial Finder、またはPanCAN のClinical Trial Finderで確認いただけます
患者さん向けのパンフレット「遺伝性腫瘍と膵臓がん」図表の参照元も記載しております。
遺伝性腫瘍と膵臓がん
1. 遺伝性腫瘍とは?
がんの多くは後天的な要因で発症しますが、約5~10%は遺伝的な要因による「遺伝性腫瘍」とされています。これは、親から受け継いだ特定の遺伝子の変異が原因で、がんの発症リスクが高まる状態です。
2. 膵臓がんと遺伝性腫瘍
膵臓がんは、遺伝性腫瘍の一つとして知られています。特に、以下のような遺伝子の変異が関与しています。
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BRCA1/BRCA2:乳がんや卵巣がんのリスクも高めます。
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PALB2:DNA修復に関与する遺伝子で、膵臓がんのリスクを増加させます。
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CDKN2A:家族性黒色腫と関連し、膵臓がんのリスクも高まります。
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STK11:Peutz-Jeghers症候群と関連し、膵臓がんのリスクが増加します。
これらの遺伝子変異を持つ方は、膵臓がんの発症リスクが高くなるため、早期の発見と予防が重要です。
3. 家族性膵臓がん
家族性膵臓がんは、同一家系内で膵臓がんの患者が複数いる場合を指します。特に、以下のようなケースでは、遺伝性腫瘍の可能性が高まります。
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親、兄弟姉妹、子どもなどの近親者に膵臓がんの患者がいる。
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家族内で若年で膵臓がんを発症した方がいる。
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他の遺伝性腫瘍(乳がん、卵巣がん、大腸がんなど)の家族歴がある。
これらに該当する場合は、遺伝カウンセリングや遺伝子検査を検討することが推奨されます。
4. 遺伝子検査とカウンセリング
遺伝子検査は、血液や唾液からDNAを解析し、特定の遺伝子変異の有無を調べます。検査前には、遺伝カウンセリングを受けることが重要です。カウンセリングでは、検査の意義や結果の解釈、家族への影響などについて説明を受け、納得した上で検査を進めます。
5. 早期発見と予防
遺伝性腫瘍のリスクがある方は、定期的な検診や画像検査(MRI、CT、超音波など)を受けることで、膵臓がんの早期発見が可能になります。また、生活習慣の改善(禁煙、適度な運動、バランスの取れた食事など)も予防に効果的です。
図表の参照元
以下の図表は、遺伝性腫瘍と膵臓がんに関する理解を深めるために参考になります。
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遺伝性腫瘍に関与する遺伝子とその頻度
出典:岡山大学学術研究院医歯薬学域 臨床遺伝子医療学分野
URL: https://cgm.hsc.okayama-u.ac.jp/hboc/ -
遺伝性腫瘍の発症メカニズム
出典:中外製薬「おしえて がんゲノム医療」
URL: https://gan-genome.jp/cause/gene.html -
婦人科腫瘍と関連する主な家族性腫瘍
出典:日本産婦人科医会
URL: https://www.jaog.or.jp/note/(1)遺伝性婦人科がん/ -
遺伝性腫瘍の発症モデル
出典:国立がん研究センター がん情報サービス
URL: https://ganjoho.jp/public/cancer/hereditary_tumors/index.html
このパンフレットは、患者さんやそのご家族が遺伝性腫瘍と膵臓がんについて理解を深め、適切な対応を取るための一助となることを目的としています。詳しい情報や個別の相談については、医療機関の遺伝カウンセリング外来や専門医にご相談ください。