まずはご自分のがんについて知ることが大切です
Know Your Tumor Project by PanCAN HQ
更新日:2021年4月
■すい臓がんの種類
すい臓には消化液をつくる腺房、膵液を運ぶ膵管、インスリンなどのホルモンをつくる内分泌腺などがあります。消化液をつくる腺房細胞から発生する「腺房細胞がん」、膵管から起きる「膵腺がん」、内分泌細胞から発生する「膵神経内分泌腫瘍」など、「すい臓のがん」といわれる腫瘍は20種類ちかくあります。いわゆる「すい臓がん」は膵管から発生します。このタイプが一番多く、発見が難しいために、見つかったときには進行していることが多いのが特長です。種類によっては進行がゆるやかなものもあり、長期生存が可能なものもあります。例えば、スティーブジョブズ氏のがんは膵神経内分泌腫瘍(pNET)という、ホルモンを産生する細胞ががんになるもので、早い段階で見つけて切除すれば完治できる可能性があります。
■すい臓がんの発がんモデル
すい臓がんはいくつかの重要な遺伝子変異が起こる段階を踏みながら発生すると言われています。すい臓がんの多段階発がんモデルです。正常な膵管の上皮細胞は、KRAS、TP53、CDKN2、SMAD4などの遺伝子変異が積み上がり、一連の組織学的に定義された前駆体(パ二ンPanIN)を介して、浸潤がんへと左から右へと進行するといわれています。 KRAS遺伝子の変異は、早い段階に起こり、中間段階ではCDKN2(P16)遺伝子が不活性化し、TP53、SMAD4(DPC4)の不活性化は比較的遅く起こると言われています。がん抑制遺伝子であるSMAD4に変異がない患者は、変異のある患者より予後がよくなるとの報告もあります。(Ref1)
■すい臓がんのゲノム医療・プレシジョンメディシン
すい臓がんには多様な遺伝子変異がみられます。そのうち、48%の遺伝子変異には治療薬が存在することがわかりました。例えば、ARID1A/ARID2にはmTOR阻害剤、BRCA2にはPARP阻害剤などです。米国では、ゲノム解析の報告書に記載されている分子標的薬(FDA承認)、あるいは未承認の適応外薬(オフレ―ベル)を使用した治療、あるいはそれらの医薬品を使った治験に参加する患者が増えてきています。
日本では国立がん研究センターの「NCCオンコパネル」に代表されるようながん遺伝子パネル検査の一般的な利用が2019年6月から始まりましたが、米国のように診断時にパネル検査を受けることが推奨されていないため、米国パンキャン本部が進めているようながん遺伝子パネル検査の報告書に触れる機会がまだありません。厚生労働省では、プレシジョンメディシンを早期に国内で実現するために準備を進めてきましたが、すい臓がんの領域では、ゲノム医療ではなく、標準治療を先行させなければならないため、すい臓がんに承認された4つの分子標的薬を使うことができる患者が非常に厳しく規制されており、ゲノム医療のアクセスラグ問題が発生しています。いままでは、承認されないために新薬が使えないという「ドラッグラグ問題」が患者を苦しめてきましたが、日本では新たに「ゲノム医療のアクセスラグ問題」が発生しています。
■すい臓がんのゲノム解析と遺伝子変異にマッチした治療薬の選択(PanCAN Know Your Tumor)
パンキャンでは2015年よりすい臓がん患者の検体を集めて遺伝子解析をし、遺伝子変異にマッチした治療を推奨する研究(Know Your Tumor)を進めてきました。1000以上の検体が集まった時点で、遺伝子解析された結果とその後の治療選択肢、さらに予後をまとめたKYT研究の結果を米国臨床腫瘍学会(GI-ASCO2018)にて発表しました。遺伝子変異にマッチした治療を受けた患者群(OS=2.58年)は、受けなかった患者群(OS=1.51年)、または標準治療を受けた患者群(OS=1.32年)と比較して、予後が大幅に改善されていたことがわかりました。遺伝子変異にマッチした治療を受けたゲノム医療群 vs 標準療法群では、HR=0.34と驚異的な成績を上げました。(p-value = 0.0000023, HR = 0.34 (0.22-0.53))
図:がん遺伝子変異なし群、マッチした治療薬不投与群、マッチした治療薬投与群の予後比較表
米国NCCNガイドラインが早速改訂され、すべてのすい臓がん患者に生殖細胞系遺伝子検査(Germline Test)が推奨されました。また、転移性すい臓がん患者には、診断時にがん遺伝子パネル検査(FoundationOneCDx、MSK-IMPACT)を受けることが推奨されました。しかし、日本では、標準治療を先に受けることがルールとされており、他の治療選択肢がなくなった患者の最後の砦という位置づけになっています。このように、日本のゲノム医療は、本当にアクセスができない、狭き門という状況が続いており、すい臓がん患者の不利益となっています(参照:膵癌ナショナルアドボカシーデー活動)
多くのすい臓がん患者には共通する4つの遺伝子変異(KRAS, TP53, CDKN2,SMAD4)がありますが、近年KRASをターゲットとする分子標的薬が開発されています。また、他のがんに発現している遺伝子変異(ALK、NTRK、ROS、RET、BRAF、FGFR、EGFR、BRCAなど)も多数発見されており、それに関連し、膵臓がんで日本において承認されている分子標的薬・免疫チェックポイント阻害剤は、すでに4剤となっています(BRCA:オラパリブ、NTRK:ラロトレクチニブ・エヌトレクチニブ、MSI-H/TMB-H:ペンブロリズマブ)。すい臓がんでは、まだ承認されていませんが、それらをターゲットとする分子標的薬(オフラベル・適応外薬)を使った臨床試験、治療も米国では行われています。すい臓がんにみられる、それら多数の遺伝子変異に対してさまざまな分子標的薬が試験されており、すい臓がん患者に明るい希望をあたえています。
■ゲノム医療の適応外薬(オフラベル)使用と患者申出療養制度
米国パンキャン本部のKYT研究でわかったのは、がん遺伝子パネル検査を受け、遺伝子変異にマッチした治療薬が見つかるすい臓がん患者の割合は、全体の25%程度ということでした。それ以外の24%の患者は、遺伝子変異にマッチした分子標的薬を使った治験・臨床試験に参加しました。米国では約240本の治験・臨床試験が進んでいますが、日本のすい臓がん患者が参加できる治験・臨床試験の数は、20本程度しかありません。もっと臓器横断型のバスケット試験の数を増やす必要があります。
適応外薬(オフラベル)を使用して患者を治療するために、患者申出療養制度を使い、がんの遺伝子変異にマッチした治療を受けられるように配慮されています。しかし、この制度の下で治療が受けられるのは、全国12か所になるがんゲノム医療中核拠点病院のみです。以下の医療機関が「がんゲノム医療中核拠点病院」として指定されています。
「がんゲノム医療中核拠点病院」 1.北海道大学病院 2.東北大学病院 3.国立がん研究センター東病院 4.慶應義塾大学病院 5.東京大学医学部附属病院 6.国立がん研究センター中央病院 7.静岡県立静岡がんセンター 8.名古屋大学医学部附属病院 9.京都大学医学部附属病院 10.大阪大学医学部附属病院 11.岡山大学病院 12.九州大学病院
■すい臓がんのゲノム医療
ゲノム医療を通して、患者さんのすい臓がんの特徴にマッチした治療を受けることで、いままで以上に元気で長生きできる世界が来ています。そのゲノム医療について、やさしく説明した教育プログラム「学ぼう!活かそう!がんゲノム医療」をぜひご覧ください。これからはゲノム医療を知らないと損する時代です。
■専門医にかかることが重要
すい臓がんに罹る人は年間約40,000人といわれています。すい臓はからだの奥深くにあるため、診断も治療も簡単ではないため、専門医にかかる必要があります。特に難易度が高いすい臓がんの切除が受けられる方は、すい臓がんの手術症例が年間30例以上ある病院、「ハイボリュームセンター」と呼ばれる施設で手術を受けることが重要です。日本肝胆膵外科学会では、高度技能医のいる病院で手術することを奨励しています。
また、最近は抗がん剤の種類も増えてきており、ステージ4と診断された患者でも、抗がん剤治療を続けることで手術適応となり、コンバージョン手術を受けてお元気にされている患者もでてきました。
また、副作用を抑えて生活の質(QOL)を高め、長い間、化学療法をつづけることを可能としてくれる臨床腫瘍内科の先生に診てもらうことをお勧めします。日本臨床腫瘍学会では、がん薬物療法専門医のリストを公表しています。また、そのようながん薬物療法の認定研修施設も公表しています。http://www.jsmo.or.jp/system/pdf/sisetsu.pdf
昔は、「お任せしますので、どうぞよろしく」というタイプの医師と患者の対話が多かったと思いますが、最近は病状から治療方針まで詳しく説明し、インフォー ムドコンセントを通して患者さんの同意を求める医師が多くなりました。従って、患者・ご家族も医師にすべてをおまかせした「患者不在」の治療をすすめても らうのではなく、病歴、症状、検査結果、診断結果が記録されたカルテをコピーしてもらい、記録を自らチェックしながら、病期・ステージ、さらに治療方針の内容について記録をつけながら、治療に前向きにのぞむことが大切です。
■すい臓がんの生存率
すべてのがんの5年生存率は60%を超えました。米国では70%ですが、すい臓がんは10%です。がん患者の半分以上の方が5年以上生存できるようになってきました。しかし、過去40年間、すい臓がんの5年生存率は一桁台のままです。転移性すい臓がんの増殖を抑えることができる強力な治療法を必要としている、アンメットニーズの一番高いがんがすい臓がんです。
近年、治療法を組み合わせた新しい治療法が開発され、徐々にすい臓がんの生存率にも改善の兆しがみえてきました。米国パンキャン本部では、2020年までにすい臓がんの5年生存率を倍増することを目標に、大勢の方のご寄付、ご支援に支えられながら「早期発見のツール開発」と「転移がんを抑える新治療法開発」に関する研究支援活動を続けてきました。その結果、米国の5年生存率のデータを見ると、2015年は7%、2016年は8%、2017年は9%、2020は10%と確実に上昇してきています。2020年1月に5年生存率倍増という目標を掲げてきた、米国パンキャン本部は、膵臓がんの5年生存率が10%に到達したと発表しました。日本のすい臓がん患者の生存率は欧州などの諸外国よりも高く、米国とほぼ同等というデータが国立がん研究センターによって発表されています。
■パルズ電話相談センター(PALS)
パルズ(PALS)とは、膵がん患者とそのご家族が必要としている情報を提供する、あるいはご一緒に探すというパンキャンが運営する「リエゾンサービス(Patient And Liaison Service)」の略です。ホテルのコンシェルジェのようなサービスです。膵がんと診断されたら、ひとりでお悩みになるのではなく、お気軽にパンキャンのパルズ(PALS) までご相談ください。 ぜひ一度パンキャンに電話してみてください。(現在、ドラッグラグ問題解消のためのご支援をくださっている賛助会員限定となっております。パンキャンジャパンの賛助会員申込はこちらからどうぞ https://bit.ly/3sWYLnJ )
Reference1: AACR Clinical Cancer Research:SMAD4/DPC4 and Pancreatic Cancer Survival Commentary re: M. Tascilar et al., The SMAD4 Protein and Prognosis of Pancreatic Ductal Adenocarcinoma. Clin. Cancer Res., 7: 4115–4121, 2001. Fang Liu
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