AACR:癌について読み解く
「Getting a Read on Cancer (癌について読み解く)」 WINTER2018号/Vol.08
https://www.cancertodaymag.org/Pages/Winter2018-2019/Getting-a-Read-on-Cancer-Genomic-Testing-Disparities.aspx
(日本語訳)
がん患者は、がん細胞の分子特性に基づいて治療を受けることが増えています。しかし、患者さんによって、遺伝子検査や分子標的療法へのアクセスが異なる場合があります。
ステファン・エストラダ氏は、2014年にヘアスタイリストとしてのキャリアを始めようとしていた28歳のとき、IV期の大腸がんと診断されました。同時に大腸がん患者の3から5パーセントにみられ、がんの罹患リスクを高めるリンチ症候群という遺伝性の疾患があることもわかりました。しかし彼の主治医はそれが彼の治療方針には影響を及ぼさないと言いました。デンバー市在住のエストラダ氏は、化学療法とナノナイフ(Nano Knife)での治療を受けました。ナノナイフとは、がん細胞を電流で殺す治療法です。しかし彼のがんは増え続けました。
(編集注:膵がん治療にナノナイフがFDAのEAPを獲得 ~現在治験中~https://bit.ly/2rYxu6m)
エストラダ氏は、いま主治医が所属するさまざまなタイプのがん患者を治療する地域のがんクリニックから、腫瘍医が大腸がんを専門にして、その治療に焦点を合わせているだろう学術的な医療センター、オーロラ市にあるコロラド大学がんセンターに変えることに決めました。新しい腫瘍専門医は、リンチ症候群であるということは彼の腫瘍がマイクロサテライト不安定性が高い(MSI-H)ことを意味し、その腫瘍特性にあわせた免疫療法が候補となる大腸がん患者の小さなグループの中に彼を入れられると語りました。
彼の診断から約1年たちましたが、エストラダ氏は後に米国食品医薬品局(FDA)によりテセントリク(Tecentriq)(一般名アテゾリズマブ(Atezolizumab))として承認された免疫チェックポイント阻害剤、およびアバスチン(Avastin)(一般名ベバシズマブ(Bevacizumab))の第I相臨床試験に参加することができました。血管が成長して腫瘍に栄養を与えるのを防ぐ治療法です。まだ試験に参加して間もない段階ですが「私の人生は好転していると言えるでしょう」とエストラダ氏は言います。 「私の体は私に戻ってきました。」今日、エストラダ氏は、まだ臨床試験に参加していますが大腸がんは完解し、そのエビデンスを示すことができません。
エストラダ氏は、がんと診断されたときに腫瘍バイオマーカーについて聞いたことさえありませんでしたが、今日、彼は分子バイオマーカーにより決定される治療法から恩恵を受けている数少ないが増え続けている患者の一人です。プレシジョンメディシン(ゲノム医療)では、患者のがんの遺伝子の特徴により、治療法が決まります。エストラダ氏は、特にそのあたりのことに知識のある医師と連絡を取った後、臨床試験で実験的な治療を受けることができるようになりました。
免疫療法で使われる抗体薬は、エストラダ氏のようなMSI-Hであるか、DNAミスマッチ修復不全(dMMR)が陽性である転移性大腸がん患者を対象に承認されています。現在、12を超える特定の癌タイプを有する患者に対し、FDAによって承認された癌のバイオマーカーに基づく治療法があります。また、FDAは、原発の組織に関係なく、進行性固形腫瘍の患者さんに、特定の分子特性があることを条件として、キイトルーダ(Keytruda)(一般名ペンブロリズマブ(pembrolizumab))とビトラクブ(Vitrakvi)(一般名ラロトレクチニブ(larotrectinib))の2剤を承認しました。
利用可能な治療法の数が増えているにもかかわらず、バイオマーカーによって導かれる治療法は誰にとっても等しく利用できるわけではありません。アメリカでの調査データによると、最初に誰が自分の癌のバイオマーカーについて検査するのか、そして対応する治療法で治療されているのかの両方において格差があることを示しています。
エストラダ氏は現在、がん患者支援団体「大腸がんアライアンス」のコミュニティエンゲージメントのシニアコーディネーターとして働いている、認定患者ナビゲーターです。彼はまた、「大腸がんアライアンス」の患者および家族支援チームのメンバーです。エストラダ氏は、バイオマーカー検査について患者が医師と会話をすることを奨励しており、バイオマーカーに関する教育キャンペーンの展開を支援しています。 「ほとんどの患者は、バイオマーカーとは何か、それが何を意味しているのか、そしてそれが患者にとって何を意味するのかがわかりません」と彼は言います。
●格差の発見
ノースカロライナ州チャペルヒルにあるノースカロライナ大学ラインバーガー総合がんセンターの乳がんを専門とする腫瘍専門医、Katherine Reeder-Hayes博士によると、最も古い分子標的療法でもアクセスには格差があります。タモキシフェンは、1977年に、乳がんの83%に存在するホルモン受容体を遮断することによって乳がん患者を治療する医薬品として最初に承認されました。 Reeder-Hayes博士の研究によると、今日の乳がんの女性は日常的に人種にかかわらずホルモン受容体状態の検査を受けていますが、黒人女性は白人女性よりも自分のがんに対して適切なホルモン療法を受ける可能性がかなり低いとのことです。大量のHER2タンパク質を産生する乳がん細胞を標的とするハーセプチン(一般名トラスツズマブ)は、1998年に転移性HER2陽性乳がんの治療に、また2006年に早期HER2陽性乳がんの治療に初めて承認されました。乳がんの約17%はHER2陽性です。 2016年4月にJournal of Clinical Oncologyに掲載された論文で、Reeder-Hayes博士らは、2010年または2011年に非転移性HER2陽性がんと診断されたメディケア(Medicare)の白人女性と黒人女性を比較すると、白人女性の50%が、黒人女性は40%がハーセプチンを受けていました。
(編集注:メディケア(Medicare)は、65歳以上の高齢者および障害者向け公的医療保険制度であり、アメリカ連邦政府が管轄している社会保障プログラムです)
ハーセプチンから特に恩恵を受けるグループであるHER2陽性のステージIIIのがんを持つ女性では、白人女性の74%がこの薬で治療を受けましたが、黒人女性の56%しか受けていませんでした。Reeder-Hayes博士は、乳がん患者のこれらの経験から、他の種類のがんでも新しい治療法が登場するため、特にゲノム医療へのアクセスの格差を見据えるよう研究者に促すべきであると述べています。乳がんでは、「治療法が新しいところ、複雑なところ、そして費用がかかるところで最も大きな格差が生じる傾向があることがわかっています」と彼女は言います。
●みえないターゲット
進行性非小細胞肺がん(NSCLC)は、推奨される腫瘍の遺伝子検査が最も多く行われている固形腫瘍です。今日、4つの遺伝子(ALK、EGFR、ROS1、およびBRAF)変異の検査は、特にそれらの腫瘍バイオマーカーを有する進行NSCLC患者のためにFDA承認された医薬品による治療へと導いてくれます。
●臨床診療ガイドライン
医師が行う治療法の選択に影響を与える推奨事項には、FDAが医薬品の適応症で言及しているバイオマーカー検査を推奨するだけでは不十分です。例えば、進行した非小細胞肺がん(NSCLC)については、最新のNational Comprehensive Cancer Network(NCCN)のガイドラインでは、新しいバイオマーカーを探すために、より広範な分子プロファイリングの一環として検査を実施することが推奨されています。
●遺伝子検査の普及率
「私たちがこの遺伝子検査を行っていることは素晴らしいことですが、それは本当に地域社会に広まっていますか」と、ボストンのDana-Farber Cancer Instituteの腫瘍専門医Christopher Lathan博士は尋ねます。たとえば、EGFRとALKの遺伝子検査は、「通常のコミュニティへの普及率が非常に高いことを実感するには十分な年数が承認時からたっています」と述べています。しかし「最近のいくつかの論文によるとそれらの遺伝子検査の普及率は高くないと言っています」と彼は言います。
2018年3月にBMC Cancer誌で発表された論文では、2011年から2013年の間に肺がんと診断されたメディケアおよびメディケイドなどの公的医療保険制度(MedicareおよびMedicaid)受益者の腫瘍検査に関するデータを調べています。国立がん研究所(NCI)により認められているがんセンターのそばに住んでいる患者は、遠くに住んでいる患者よりも腫瘍の遺伝子検査を受ける可能性が高かったことがわかりました。また、人種別の格差では、ヒスパニック系および黒人の患者およびメディケイドの公的医療保険の受益者は平均よりも遺伝子検査を受ける可能性が低く、アジア人および太平洋諸島系患者は遺伝子検査を逆に受ける可能性が高かったのです。
2018年10月にJCO Precision Oncology誌に発表された研究では、地域社会における腫瘍学の実践におけるALK融合遺伝子の検査、すなわち学術機関とは関係のない臨床現場に焦点が当てられました。 2011年には、進行非小細胞肺がん(NSCLC)患者の32%がALK融合遺伝子変異について検査されました。 2016年までには、これらの患者の62%が検査を受けていました。しかし、メディケイドという公的医療保険の患者は、民間医療保険の患者よりも遺伝子検査を受ける可能性が40%低くなりました。
(編集注:メディケイドとは、民間医療保険に加入できない低所得者・身体障害者に対して用意されたアメリカ政府の公的医療制度である)
転移性肺がんの患者にとって時間はとても重要です。オハイオ州のクリーブランドクリニックの胸部腫瘍専門医であるNathan Pennell博士は、病理医が非扁平上皮癌の診断を下すとこのクリニックではすぐに遺伝子検査が自動的に発注されるため、彼が患者と初めて会ったときにはすでに腫瘍の遺伝子検査結果が届いていることがあると述べています。しかし、他の病院では、腫瘍専門医に会うまで患者は遺伝子検査をオーダーされていないかもしれません。
肺がんと同様に、大腸がん患者が腫瘍バイオマーカー検査を受けるかどうかに、地理的な位置と医療保険の状態が影響することが研究によって示されています。 2009年に、KRAS遺伝子検査はNCCNガイドラインにより、すべての転移性大腸がん患者に対して推奨されました。 KRAS遺伝子検査により変異が陰性であるとされた患者は、EGFR阻害剤による治療を受ける候補者になります。しかし、2017年12月にJournal of the National Comprehensive Cancer Networkで発表された研究によると、転移性大腸がんと診断された患者のわずか35%がKRAS遺伝子検査を受けていました。患者は、大都市圏に住んでいた場合の方が農村部に住んでいた場合よりも、またメディケアの公的医療保険または民間医療保険に入っていた場合の方が、低所得者向けのメディケイドの公的医療保険または医療保険の非加入者よりも遺伝子検査を受ける可能性が高いことがわかりました。
「地元のがんクリニックや農村部で治療を受けている人々になると、腫瘍の遺伝子が検査される可能性は低くなります」と患者に情報を提供する非営利団体「大腸がんと闘う」の患者教育マネージャーSharyn Worrall氏は言います。その団体は、バイオマーカーキャンペーンを通じて大腸がんに関する腫瘍バイオマーカーの情報を提供しています。 Worrall氏は、「遺伝子検査についての知識の欠如もあるが、個人的な経済的負担の恐れも患者が遺伝子検査を受けない原因」と言います。
●遺伝子検査の支払い(保険償還)
専門家は、遺伝子検査の保険適用は、その範囲が拡大する傾向だと見ています。
●癌をまたぐ遺伝子検査
2017年5月にFDAは、他の満足のいく治療法の選択肢がない、MSI-HまたはdMMR陽性である、あらゆる進行性の固形腫瘍の患者に対してキイトルーダ(Keytruda)を承認しました。腫瘍の遺伝子検査をより幅広い患者グループにとり、意味あるものにしました。腫瘍が発生した部位に関係なくFDAが治療を承認したのはこれが初めてで、組織横断型の承認と呼ばれます。
ビトレクブ(Vitrakvi)は、3つのNTRK遺伝子のいずれかに関与する特定の突然変異を有し、他に満足のいく治療選択肢のない、あるいは治療後にがんが悪化した進行性固形腫瘍の患者に承認されました。
婦人科医療腫瘍専門医でニューヨーク市のメモリアルスローンケタリングがんセンターの創薬担当チーフであるDavid Hyman博士は、現在、あらゆる患者の治療で「進行がんとの関連において単一の遺伝子検査を実施することを強く考慮する必要がある段階にきている」と言う。 2018年2月にNew England Journal of Medicineでビトラクブ(Vitrakvi)の有効性に関する研究を共同執筆したHyman博士は、患者は組織にとらわれないMSI-HとNTRK融合遺伝子の両方のタイプの変化を検出できる1つの遺伝子検査を受けることを提唱すると述べています。同時に「腫瘍の遺伝子検査からの利益の可能性について現実的な期待を持つことが重要です」とHyman博士は言います。「MSI-H疾患の発生率は、大腸がんで15%、子宮内膜がんで最大30%ですが、固形腫瘍の種類によっては4%未満です。一方、NTRK融合遺伝子は非常に稀で1%までの固形腫瘍に見られます。それでも、一部の患者にとってビトラクブ(Vitrakvi)とキイトルーダ(Keytruda)の利点は、検査を正当化するのに十分なほど重要である」とHyman博士は言います。 「私たちが皆を検査しなければ、この劇的に人生を変える治療法を患者の何人かに与える機会を本逃してしまいます」と彼は言います。
●膵臓がん患者と遺伝子検査
イリノイ州ネーパーヴィル市のKaren Pratte Kiernan氏は、2017年3月に60歳のときにIV期の膵臓がんと診断されました。姉から米国パンキャン(PanCAN)本部の『あなたの腫瘍を知ろう(Know Your Tumor)』というバイオバンクプログラムに参加して遺伝子検査を受けるように勧められた結果、Kiernan氏は自分がMSI-Hであることを知りました。遺伝子検査自体の費用は、患者の医療保険会社を通して処理されます。Kiernan氏は、引退した高校の看護師であり、MSI-H固形腫瘍に対するキイトルーダ(Keytruda)が承認される数ヶ月前に膵臓がんと診断されました。彼女は2018年2月に、自分がMSI-Hである腫瘍を有する膵臓がん患者の1人で、それは全体の僅か2パーセント未満であることを学びました。そして2018年4月にキイトルーダで治療を始めました。「私は別人です」とKiernan氏は彼女の人生についていま語ります。彼女の腫瘍は小さくなっています。彼女はひどい背中の痛みに苦しんでいましたが、キイトルーダを始めた1週間後に痛みは消えました。彼女は新しい犬、ルーシー、という感情的に支援してくれる動物さえも手に入れました。そして、彼女は癌センターで治療犬と一緒にボランティアすることを手配しています。Kiernan氏は、姉が気にかけることがなければ、キイトルーダ(Keytruda)の恩恵を受けることはできなかっただろうと言います。また、彼女は元の腫瘍専門医が免疫療法についての新聞記事を持ってきて、彼女は膵臓がんなので免疫療法は効かないだろうと言われたときのことさえ覚えています。私の姉は読むのが大好きです。「彼女はただインターネット全体をサーフィンするだけですが、」とKiernan氏は腫瘍の遺伝子検査にたどりついた道について述べています。 「姉は年上ですし、引退し、時間があり、私をとても愛してくれています。姉は宿題をしてくれて、そしてわかったのです。」
記事ここまで。
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米国パンキャン本部の代表ジュリーフレッシュマン氏もNPO法人パンキャンジャパンの眞島喜幸氏も共に、米国癌学会AACR Cancer TODAYの編集諮問委員です。この記事は、編集諮問委員の提案により執筆されました。
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米国パンキャン本部では、膵臓がん患者から1000症例以上の検体を集め、その遺伝子解析を行い、膵臓がんに多くみられる遺伝子変異を調べてきました。詳しくはASCOレポートを参照ください。https://bit.ly/2CH6jmJ
http://pancan.jp/administrator/index.php?admintools_rescue=このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。