AACRニュース:標的困難ながん(KRAS遺伝子変異)に対する新薬
New Drugs for an Elusive Cancer Target
2020年1月23日
著者:アンナ・アズボリンスキー
膵臓がん患者の95%にはKRAS(ケーラス)遺伝子に変異があることが知られている。しかし、いままではこのKRAS(ケーラス)遺伝子変異による癌細胞の増殖をおさえる薬をつくることは難しい(Undruggable)といわれてきた。しかし、KRASを対象とする治療薬の開発がいま急ピッチで進んでいる。
腫瘍内科医であり、肺がん専門家のロイ・ハースト先生が異常KRASタンパク質を標的とする治療薬に関して初期データについて次のように述べた。
多くのがんに見られる発がん性遺伝子のひとつに、KRAS変異というものがある。KRAS遺伝子とは、細胞増殖のシグナル伝達の核となっているものだ。しかし、このKRAS遺伝子変異の治療薬は創薬が困難とされてきた。だがこのほど、2種類のKRAS阻害薬がヒトの臨床試験により有効を示し、腫瘍が縮小したことが報告された。
編集注:膵臓がん患者の95%はKRAS変異陽性と言われている。膵臓がんは、一般に化学療法に高度な抵抗性を表す。 RASタンパク質のアイソフォームであるKRASの活性化変異は、ほとんどの膵臓がん患者に見られ、がん形成の初期段階で発生する。 また、KRAS変異は、がん化の開始と維持の両方に関与しているため、治療標的としてとても重要である。
今回Cancer Todayは腫瘍内科医、肺がん専門医のハースト先生(コネチカット州イエールがんセンター、Smilow Cancer Hospital)に話をきいた。
Q: KRAS変異とはなんですか?
がんは遺伝子の変異によっておこります。代表的なものにKRAS遺伝子変異があります。いわゆるがん遺伝子です。KRAS遺伝子とは細胞増殖のシグナル(オン−オフ)を核に伝達する重要な役割を果たす「KRASタンパク質」を作り出す遺伝子です。しかし、このKRAS遺伝子に変異が生じると、作られるタンパク質もおかしくなり、異常細胞分裂を繰り返し、際限なく増殖し続けてしまうのです。いわゆる細胞のがん化です。
KRAS変異は肺がん、大腸がん、膵がんで多く見つかっています。
例えば肺がんでは、20%の患者がKRAS変異が発がんの要因とされていますが、最近まで異常KRASタンパク質を攻撃する治療法はありませんでした。
Q: なぜKRASを標的にするのはそんな難しいのですか?
KRAS遺伝子はGTP分子(主として細胞内シグナル伝達やタンパク質の機能の調整)と結合し活性化されますが、KRAS遺伝子に変異が起こると、細胞内の構造が変化し、結合していなくとも、細胞を増殖させるシグナルが常にスイッチオンの状態となり、細胞分裂が止まらなくなり、がん細胞が無制限に増殖していきます。これががん化です。
そしてこれまでこの異常KRASタンパク質の活性化を阻害する薬物はなく、「創薬が困難(Undruggable)」とされてきました。
Q: どんな患者さんがKRAS変異の検査を受けるのですか? その治療法は?
肺がん、膵がん、大腸がんの患者がKRAS陽性か否か、定期的に検査をしています。しかし見つかってもこれまでは何も出来ませんでした。KRAS変異型の大腸がんにはEGFR阻害薬は効果がないとされ、肺がんにおいては、KRAS変異とEGFR変異は、共に排他的な遺伝子変異であることから2つ同時に認められることはないとされています。
Q: このほど変異型タンパク質に結合する小分子薬「AMG510」が開発されました。この新薬は肺がんにおいて効果を示していますが、その成果について教えてください。
肺がんの最も多いKRAS変異にG12Cがあります。これは、タンパク質の12番目のアミノ酸であるグアニンがシステインに変異していることを意味します。そしてこの新薬「AMG510」は、変異KRASタンパク質中の特定されたシステインアミノ酸と結合することにより、KRAS遺伝子変異の活性を阻害する作用があります。初期の段階ではありますが、この度動物モデルでなく、ヒトの臨床試験ではじめて有効性が認められました。
現在承認されている肺がんへの標的療法EGFR阻害薬は非喫煙者が対象です。しかし、KRAS変異を有する肺がんは喫煙が関係しているとみています。これまで喫煙歴のある患者には免疫療法を用いていましたが、残念ながら多くの効果はありませんでした。新しい治療法が必要です。
非小細胞肺がん患者の約12%がKRAS変異であり、KRASを標的とした新薬「AMG510」の効果に期待したいです。また13人中7名のKRAS C12C変異をもつ肺がん患者がAMG510阻害薬により腫瘍の縮小がみられました。これはKRASを直接攻撃することが効果的であることを示唆しています。
しかし、重要な問題は、この効果がいつまで続くか、ということです。まだそれは分かっていません。
Q: KRAS阻害薬は他にもありますか?患者さんへの投与は?
ミラティ医薬品から出ている「MRTX849」があります。AMG510同様、KRAS G12C肺がん患者を対象としているものであり、結果も5割の患者に有効性を示しています。
Q: 持続性の他に、これら新薬に残された課題は何だとおもいますか?
耐性です。阻害薬に対する、薬剤耐性を回避できるか。耐性が出るとしたら、いつ頃出るのか。次に脳内でどのように活性化され、免疫系への影響はどうなのか。単独投与か、他の薬物との併用で相乗効果を高めるのか。そして、KRAS変異を有する大腸がん、膵がんにも有望であるのか。多くの課題が残されており、前臨床及び分析を要するでしょう。
このインタビュー記事は編集,要約されています。
著者 アンナ・アズボリンスキーは、ニューヨーク在住のサイエンスライター
記事ここまで。
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米国パンキャン本部の代表ジュリーフレッシュマン氏、NPO法人パンキャンジャパンの眞島喜幸氏は共に米国癌学会AACR Cancer TODAYの編集諮問委員です。この記事は、編集諮問委員の提案により執筆されました。
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米国パンキャン本部では、Know Your Tumorプロジェクトを通して、パネル検査が受けられない膵臓がん患者に無償でF1CDxなどの検査を提供してきました。いままでに2000症例以上の検体を集め、その遺伝子解析を行い、膵臓がんに多くみられる遺伝子変異を調べてきました。詳しくはASCOレポートを参照ください。https://bit.ly/2CH6jmJ